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2017/03/12

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明るい民主県政をつくる会

衆議院議員大平よしのぶ

日本共産党鳥取県議団HP

日本共産党鳥取市議団HP

●1955年(昭和30年)米子市生まれ。●啓成小、米子第二中、米子東高、日本福祉大学社会福祉学科卒業。●1978年(昭和53年)より鳥取医療生協に勤務。●医療ケースワーカー、組織部、メディコープ・介護福祉事業部●家族は夫(岩永尚之党県書記長)、2男1女 

●鳥取市古海1114(電話・FAX23-0101)

 メール:yasuko-iw@do3.enjoy.ne.jp 

 私は、鳥取医療生協に36年間勤め、すこしでも医療、介護がよくなるようにと働いてきました。ところが、安倍政権は、これまで積み上げてきた努力をめちゃくちゃにする改悪をおこなおうとしています。がまんできません。そして、「海外で戦争する国」づくりです。命を粗末にする政治に未来はありません。
 命が大切にされる社会。私は、そのために、力のかぎりがんばります。 

 

父親似といわれコンプレックスも

 私は、国鉄職員の父、洋裁で家計を支える母、そして妹の四人家族で育ちました。子どもの頃、妹は「お母さんに似て美人」と言われる一方、私は「お父さんにそっくり」と言われ、妹にちょっぴり嫉妬しながら、「父親似」と言われることにコンプレックスを感じていました。

 

仕事も「父親ゆずり」といわれ

いまでは誇りに

 父は、仕事だけは、絶対に手を抜かない人で、列車のダイヤ変更のときなどは、夜遅くまで真剣な顔で図面を引いていた姿を今でも思い出します。
 病院につとめて36年。「仕事ぶりも父親ゆずり」といわれることを今では誇りに感じています。「安子」は「安心・安全」にと鉄道マンらしい父がつけた名前です。

 

様々な出会いをつうじて

社会福祉の道へ歩み始める

 高校3年のとき、先生のすすめもあり、日本福祉大学への進学を決め、社会福祉学科を専攻しました。研究実習は鳥取県の皆生学園でおこないました。
 4年間、ギターアンサンブルで活動しました。就職というとき、大学の先輩もいる鳥取医療生協が職員を募集していることを聞き、受験、採用となりました。ふりかえると、様々な人との出会いが、私を社会福祉の道へと歩ませてきたと感じています。

 

日本共産党と出会い

「社会は変えられる」に感動

 

 生協病院での最初の仕事は医療ケースワーカーでした。生活が大変で医療費が払えないなど、悩みをかかえる患者さんの様々な相談に応じる日々で、社会の矛盾を強く感じました。

 そんなとき出会ったのが民主青年同盟と日本共産党でした。民主青年同盟での学習は、目からウロコの連続で、社会は変えられると知ったときの感動は今も忘れられません。この出会いが仕事への自信となり、確信となりました。